クロロが子持ちの(男性に使う言葉ではないですが)未亡人になります
とある山中に、ひとつの一族が構えている大きな屋敷がある。その領主のファミリーネームを【】といった。 【】という名を聞けば周辺の村々、誰もが恐怖に戦慄き、逆らう者など皆無。家は、最も異質で高貴な存在である。 その一族には、他人には決して言えぬ秘密があった。 家の血を持つ者は、短命の呪いがあるということだ。そして、どうしてかその呪いを受けたと同時に、圧倒的な力が授かるという。 ここにいる一人の女性もまた、逃れられぬ血で命の灯火が消えようとしていた。 彼女を語るには、記憶を10年以上遡らなければならない。今から語られるのは、家最後の呪いを受けた女性の話である。 彼女は、家の跡取り、嫡子として生を受けた。一人娘の彼女は、それはもう大切に育てれたという。そして幼い頃から体に染み付いている呪いを感じ取っていた。どうしてか、恐怖感はなかったという。逆に、罪悪感に蝕まれているようだと語ったのは、彼女が床に伏せた後だ。 大抵、家では血を絶やさぬために、3人以上は子供を儲けるようにしているのだが代を継いだ娘、つまり彼女の母親が呪いの短命によって命を落としたために、それは叶わぬことであった。 彼女の母親が亡くなったため、一族の長を譲ったはずの祖父が、再度一族に君臨した。彼女の祖父は、運の良いことに短命の呪いがなかったらしく、長命を受け、しかし祖父から見れば幾人もの血族の死を見てきた哀しみは、何に代えることの出来ない喪失感だった。 その厳格な祖父は、文武両道、彼女に何もかも教え込んだ。彼女の内に秘めた"化物"が巣くっていることに気が付いたのは、彼女が未だ5歳にも至らない頃だったという。 彼女は、14歳になる頃には、通っていた学校を支配するほどの権力と実力を兼ね備えていた。祖父とのあの日々があったからこそだと、これも後に彼女が語る言葉の一つだ。 その辺に関しては、祖父に感謝しているだろう。現に、彼女は祖父にだけ激しく口をきいたことはなかった。 だが一度だけ、彼女が祖父に背いたことがある。それは、彼女が16歳の時、夏休みを期に一ヶ月程家を空けると他人事のように呟いた時だった。理由は、婿探しだという。 孫が勝手に婚約を破棄して結婚相手を漁るなど、もちろん彼女の祖父は激怒した。手塩に育てた孫をどこの馬の骨にやるつもりは無いと、そして態々危険な目に合わせるために一人家を出るなど許せるはずもない。 しかし、彼女は憤怒している祖父の目の前で得意気に言い退けた。 「わたしはわたしのための男性を探しに行くのです。呪いなどに負けない、強い男を捜してきて見せます。ご心配なさらないで、そのためにお爺様から念を教え込まれてきたのですから」 ズッ、と全身にオーラを纏わせる。それは彼女なりの、祖父への安堵を持たせる言葉だったのかもしれない。 そこで祖父は、2つ条件を出した。一ヶ月以内に見付からなければ、再度婚約を結ぶと。更に早くに子を儲けよと家の慣わしをまだ10代の彼女に押し付けたのだ。 しかし、まだ10代といっても家にとっては何ら早くは無い。大抵、短命気のある者は、二十歳を迎える前に婿を娶ることが多い。 むしろ悲願に近かった祖父と宗家の願いを彼女は無言で承知した。第一候補の婚約者の破棄に成功したとしても彼女には、祖父が決めた婚約者が数多にいるのだ。 念能力を持ち、自分と歳が近く強い男。彼女は前々から入念に計画していた。 白羽の矢が立ったのが流星街だった。ここならば何もかもがある。それは、博打に近い確信だった。何より、祖母の出身が流星街であり、未だ現世に健在だった頃、彼女は聞いたことがあったのだ。無いものを求めるなら、流星街だと。 ごみ溜め場を通り過ぎると、彼女が住んでいた屋敷とは程遠い家々が立ち並んでいた。時折、道行く人に声をかけても一言二言で終わるか、無視をされるかのどちらかだ。挙句、奇異な目で見られることが多々だった。当然だ。彼女は部外者である。 ――流星街に滞在して一週間が過ぎた頃の夕刻。空は橙に染め上げられ、太陽は地に半分ほど埋まり窒息している。朧気に揺らめくそれは消失し、もうすぐに夜を迎えるのだ。 夜と昼の狭間に、どこか流星街にはふさわしくない少年を彼女は見つけた。ごみ山の頂で一人本を読み、夜色の髪、服、双眸。秀麗な美貌は、男女関係なく、それは美しい光景だった。 「少しよろしいですか」 少年は視線を本に落としたまま、動かない。再度、彼女は強く声を張り上げる。「聞いてますか?」 それでも何も反応はなく、痺れを切らした彼女は僅かの間にごみ山に向けて跳び、少年の隣に立った。ようやく少年が視線を動かしたのは、この時だった。 「念が使えるの?」 「あなたも使えるのね」 少年の双眸は、無垢なほど漆黒だ。 「念が使えてとても強い人を探しているの。出来ればわたしと同い年くらい」 「どうして?」 彼女は押し黙った。家の裏側は一族以外、他言無用だからだ。しかしどうしてか、この少年の眸には何を並べても暴かれる確信があった。幾ら嘘を吐いても、知らない振りをしてでもだ。 それはそれは不思議な感覚だった。すとん、と少年の隣に座り込み、見据えられている視線に、彼女は自分のものを乗せる。 「……じゃ、わたしのお話、聞いてくれる?」 なぜ嘘偽り無く話せたのか、彼女自身この理由を、この時は知り得なかった。 : 生まれてから現在までを包み隠さず話した。一族の歴史、短命の呪い、両親の死、厳格な祖父、婚約者、結婚、子供の事、そして短命故に強い念が備わっていること。 少年は初め無表情で聞いていたが、やがて顎に手を置いて聞き入っていた。話の心髄をまるで紐解くように、それは好奇心に他ならなかった。 「……――なるほど。それで、メリットとデメリットは?」 「メリットとデメリット? デメリットなんてありません。わたしに紹介してくれた暁には出来うる限りの報酬をあなたに差し上げます」 「違うよ。その婿になった後のメリットとデメリットだ」 彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、それから真剣に考えた。まさか有名な家に嫁いでデメリットなど考えたことが無かったのである。家柄も名誉も血をも、彼女にとっては誇りだ。 デメリットを深く考察したが、よくよく思えば彼女にとって子供さえ儲ければいいのだ。酷い話だが、それが血塗られた真実だった。 婿になったところで自由は皆無と厳格な祖父は言うだろうが、彼女にとってどうでもよかった。血、さえ絶やさなければ。それこそ、己の務めと育ってきた。 「わたしに子供さえくれれば後は自由でいい。お金も領地を維持できればそれでいいし、強制もしない。だからデメリットはない。メリットは、その人によるんじゃないかしら」 太陽は既に墜ちていた。黒には未だ程遠い空は、乱雑なバイオレットが拡散されている。 静かに立ち上がった少年の背景は、曖昧な景色を一心に背負っているように見えた。 「じゃオレが婿になるよ」 「え?」 「戸籍ないけど」 「あなた強いの?」 ニィと笑う少年は幼さを残存しつつも、妖艶に笑うと突如、全身を纏うオーラに彼女は脱帽した。変わらぬ歳でここまでオーラを出せる人物は今までにいなかったのである。 後に少年の周囲を観察して彼女が分かったものがある。この少年は多種多様の知識を持ち、決意というバネと好奇心という探求を持ち合わせ、何よりも強いカリスマ性があった。世界の条理を一蹴してしまう強固なる信念――それは彼女の周りにはいなかった存在。 「それじゃ、わたしは帰るけど」 「もう少ししたらオレも後を追うよ」 「…信じてもいいのね」 「信じられない?」 「ううん、て言えるほど純粋じゃないもの」 きっぱりと言い放つ強気な面貌を覗き、反応を確かめるように窺う少年が柔らかに笑う。 彼女は期限の一ヶ月が過ぎる前に流星街を後にした。少年が彼女の屋敷を訪れたのは、それから二ヵ月後の事。 彼女が16歳のときだった。 それから婚儀を終え、約束通り少年は婿にはなったものの、屋敷には留まらず、やりたい事があるのだと家を空けることが多々だった。それでも定期的に帰ってくる様子から彼女は咎めもしなかった。 月日は巡り、一年ほどしてから祖父が亡くなると同時に彼女は男児を儲けた。彼に良く似た、黒髪の子だった。 幸せな一時だった。家族3人、利害の一致とは言えども彼女らは家庭の中で恋愛をし、手を取り合うようにして築き上げた。遅い恋愛であったが、彼女らは目に見えぬ何かに包まれているよう、幸福に満ちたりていたという。 10年後――そこで、ついに予兆が現れる。彼女は突然血を吐き倒れたのだ。ここで彼女は、死期を悟る。 体の異変が起ると、はじめは皆に隠していた呪いが徐々に嫌でも浮き彫りにされていった。顔は青白く、足取りは危うい。息は乱れ、生気が喪失している。 それでも彼女は、変わらぬ生活を送った。ただ変わったことといえば、青年へと成長した彼が家族の前にいることが多くなった事だろうか。 ふたりは寄り添うようにしていた。まるで、ひとつのようにいたのだ。 「庭が見たいわ」 ベッドから起き上がった彼女は、隣で本を読んでいる彼に告げた。彼は一瞬表情が強張ったが、すぐに笑顔に変えて頷いた。 近くにかけてあったカーディガンを取ると、彼女の肩に優しく置く。彼女は「ありがとう」と穏やかな双眸で彼を見据えた。彼は頷く。結婚してから10年が過ぎていた。それにしては、まるでもっとずっと以前から居るような雰囲気だった。 彼は、ゆっくりと立ち上がろうとする彼女に手を差し伸べ、ふたり庭を目指して歩いた。 もうすぐ春が来る。幾種類もの蕾は、未だ固く閉ざされているが、もう数日もすると綺麗に花開くだろう。 庭先にある二人掛けのガーデンチェアにふたり腰掛けた。庭に焦点を預けたまま、彼女はまるで時間の流れを止めるかのように、ゆっくりと開口した。 「あなたは強い人。わたしがいなくなっても大丈夫ね」 「……囁くなら愛にしてくれ」 「ふふ、あなたから愛なんて言葉が聞けるなんて。人間変わるものね」 「ふ…茶化すなよ。本来、オレたちに言葉なんていらないだろ」 「それは、あなたなりの"愛してる"かしら」 「どう受け取っても構わない」 「ねぇ、あの子強くなるわ。あなたとわたしの子ですもの」 「ああ、さすがにオレも驚いた。次のステップに進んでもよさそうだ」 「念の話じゃないわ」 「?」 「心の話よ」 互いに、自分たちの息子を思い描いているか、共に笑みを開かせ、沈黙が続く。 どこからか飛んできた鳥の声がした。同時に、彼女もまた沈黙を抜ける。 「…時々、感じるの。以前にもあなたとこうして一緒にいたんじゃないかって。夢もみたわ」 そこから始まった彼女の夢物語は、一つの悲しい恋の話だった。 共に将来を約束した男女。しかし、必ず迎えに来ると言って女の前から去った男は、それを成し遂げることも無く、遂に帰ることは無かった。 何年待っても何十年経っても迎えに来ない男を、女は愛から憎しみへと感情を変えて、一つの呪いを唱えた。 男の血を引く子は、余生を迎える事無く死に至れ。それは代々、延々と続いていけと。 「――と、いうわけ。すごく現実味があるの。…………ところで、どうしてあなたが泣いているの?」 肩で笑う彼女の隣で、彼は一筋の涙を流していた。気付いて声をかけた彼女の言葉に彼は、手のひらで頬を拭う。 「なぜ、なぜだろうな…………どうしてか…」 下を俯いていた彼の顔を覗き込む彼女は、無理やり彼の顔を上げさせて、何を確かめたいのか、まじまじとその面貌を見据えた。 めずらしく、きょとんとした彼の気も知れず、未だ彼女は無表情のまま彼を捕らえて放さない。 彼女がようやく彼を解放し、先ず放った言葉は、彼も否彼女もまた無意識だったろうものだった。 「ああ…あなたが、あなただったのね。――"随分、待たせてしまった"」 彼は、彼女が何を言っているのか分からなかった。「どうした?」と彼が聞いても彼女は答えようとはしなかった。 ただ、ひとつ。彼の涙が止んでいた。 「…わたしはね、クロロ」 彼女の頭部が自然に彼の肩にもたれ掛かる。彼は、そっと彼女の肩を抱く。 「あなたと結婚したことに後悔はしてないわ。確かにわたしたちは愛し合って結婚したわけじゃないけれど、わたしはあなたで良かったと思ってる。……ううん、あなたでなければ駄目だったの」 「ああ」 「…あたたかい……春、みたいね…――クロロ」 「オレを春だと比喩するのはお前くらいだよ、。オレはな――」 彼が更に答えようとすると、先ほど飛んでいた鳥の巣から一羽、また一羽と雛が飛び立つのを彼は見た。思わず返答を取りやめて違う話題を持ってくる。 「見たかい? あの木から二人で見つけた雛が羽ばたいたよ」 彼女は、もう眠ってしまったのか瞼を閉じ、笑みを口許に宿らせている。 彼は、気付かない。 「飛び立つことは嬉しいはずだけど、どうしてか哀しくもなる。お前に出会わなければ分からなかった感情だ。…、……?」 彼は、自分の肩で眠る彼女の顔を覗いた。彼女の面貌を見て数秒後、柔らかに笑う。 「眠って…いや、お前も――飛び立ったんだな」 確認すると、もう一度庭に目線を滑らせる。 「、次に目が醒めたら、またこの庭のように花を植えてオレを出迎えてくれ。そして満開の花畑でオレの名前を呼べ…クロロ、ともう一度オレを呼ぶんだ。なに、肉体の有り無しなどオレにとっては些細だ。オレは、その時が来たらお前に会いに行くよ」 彼の眸は、止んだはずの涙に溢れていた。 「――……それまで、お前がしたかったことをオレが生涯かけて為そう」 彼女からの返事は無い。彼は彼女を抱きしめると空を仰ぎ、瞼を閉じた。霊魂で彼女を追っているようだった。 そこに一つの足音が響いた。ひっそりと今までを見ていた息子は彼の――父の肩に背後から両手を回し、何も言わず力を込める。 彼女は――母は羽ばたいた。春の庭先で、春に抱かれながら。 それからというもの、家の呪いは解け、一人息子であるオレに、呪いが降りかかることは無かった。この手に残ったのは母の記憶と能力のみだった。 これはオレの憶測に過ぎないが、母が――否、父と母が呪いを解いたのではないかと思っている。 母が見たという夢。父が流した涙。ふたりの出会いこそ、キーだったのかもしれない。 母の葬儀に父は言った。「もしも前世があると仮定し、オレたちはが見たという夢に出てきた、悲しい恋で終わった恋人たちじゃないかと思うことがある」 「数奇な運命でオレとは出会い、結婚し、お前が生まれて呪いが解けた。これは運命というより、宿命だと思わないか? 生まれ落ちたとき既に与えられた国、家、環境……決して変えられないものを宿命と言うんだ。それでオレとは――」 庭先を眺めている父の表情を見据えながら一句一句逃さぬようオレが聞いていると、父は何も言わないオレの頭を撫で、目線を交じり合わせてから、ふ、と笑う。 「難しいかい?」 オレがかぶりを振ると、父は何に頷いたのかゆっくりと首を縦に振った。そして、ぐるりと見渡した屋敷を見ながら「何か足りないな」と呟いた。 「うん」相槌を打つと、父はオレの頭から手を離して黒スーツの懐中にそれを突っ込んだ。オレは父の言葉に、どうしてか涙が出てしまった。何か足りないのは当然なのだ。母は、もういない。 突如、厳格だった母の言葉が蘇る。『滅多なことで泣いたらだめよ。男の子でしょ』 記憶の中の母に無意識に頷くと、オレは涙を見せぬよう自分の顔を父の背に押し付けた。 ――春の匂いがする。 (なんて、黒い春だ) : 母が亡くなってから、1年が経った。父は相変わらず放任主義で、オレに念を教えては、ふらりとどこかに出かけ、数ヶ月したら家に戻ってくるを繰り返している。 後にようやく父本人から聞いたが、父は幻影旅団というA級首の凶悪な盗賊の頭だ。 「お前を手足にするつもりはないよ。父子という感情は厄介だからな」 父は、オレを旅団には入れるつもりは無いらしい。こちらも入る気は更々なく、オレは母が残した能力と領地、そしてこの血を引き継がせることが人生の目標である。 世間一般から言えば犯罪者ではあるが、何だかんだと言って彼はオレの父親である。本の虫で、そのせいで世話が焼けて、父親らしいことは余りないが、犯罪者でも母の愛した父を、誰よりも強い父を一人の男としてオレは尊敬している。 母は父がクモだということを知っていた。オレも、この事実を知っていた。母と二人だけの秘密だったからだ。そして、事の了知は父に隠していた。互いに秘密を抱えることは、時に優しさになる。 「くくく……は嘘がヘタだと思ってたんだけど、そうか…知ってたのか」 「"人間、優しくされると優しく返ってくるものよ"」 「…」 「お母様の言葉だよ、お父様」 「……そうか」 「お父様は、お母様のために隠していたんだね。ううん、隠していたんじゃなくて言う必要は、どこにもなかったんだ」 オレはドアノブを捻り、背後で本を読んでいる父に振り向いた。 「だってお母様の前では幻影旅団の頭じゃなくて、お父様はクロロ=ルシルフルだったんだろ?」 オレは笑みを浮かべ、続いて「いってきます」と言うと、父は「ああ」と言っただけだった。それは、先程の会話の返事か、いってきますの返事なのか考え、どちらもだろうという判断に至った。 次の誕生日で12歳を迎えるオレは、今日、父の勧めでハンター試験を受ける。 拝啓、お母様。 『お母様。 春が来ます。柔らかであたたかな、あなたの大好きな春がもうすぐ訪れます。 お母様。 あなたの庭には、あと数ヶ月もすれば春を告げる花たちが庭を彩ります。 お母様。 今年も来年も春は来るものなんですね。当たり前のことなのに、近頃不思議に思います。 ――お母様 「気を付けて行って来いよ」 あなたの愛した"春"は、今日も元気です』 記憶と能力を受け継ぐ息子視点 |
(20160812/半分再録)