「これは、わたしの憶測なんだけどシャルは幽霊じゃなくて"思い"――思念だったと思うの」 オレは一瞬、思念を私怨と聞こえてしまい、即刻に思念と言ったのだと理解は正解に追いついたが、いっそ私怨でもいい気さえした。思念と私怨は意味合いは違うが、遠縁のようにも思える。思念は思っていること、私怨は個人的怨みだ。中身は違えど、強く思っていることに変わりはない。 ふと、ある哲学者が意見を私怨として ここでオレはようやく孤高の世界から現実に舞い戻った。目前のは呆れている様子はない。開口した言葉は、先ほどまでの思考とは別物だ。 「霊魂や幽霊の類じゃなくて?」 「うん。クロロの言う霊魂を否定するつもりはないよ。ただ、わたしが視えるのが思念ってだけ。だってもし幽霊だったら、もう一人の団員さんも見えてるはずよね。これは祖母の出自をヒントに得た答えよ」 「…………なるほど」 「祖母は時々、庭先で思念と会話していた。迷える思念が祖母を頼って来ていたのよ、きっと。同時に祖母も思念を呼んでいた…わたしがなぜシャルに声をかけてしまったのか、これで合点がいくもの」 「無意識における念、もしくは使命と言ったところか。血は争えないな」 「うん、だからわたしは行くよ」 「どこへ?」 昼下がりのカフェは、適度な静けさを保持しつつも、疎らに座る客たちで仄かな賑わいがあった。窓辺から陽光を通して店内は光に満ち満ちていた。 ロールカーテンが半分に下りた場所のすぐそこで、オレはと向かい合わせで座っている。オレはコーヒーを、は紅茶を。 誰もA級首がここにいると知りもしない。髪を下ろし、額にはバンダナを巻き、オレは何食わぬ顔でここにいる。といえば、どこか浮世絵離れしたような雰囲気を醸し出していた。生死の狭間を垣間見た、邂逅と経験は彼女を違う人間へと作り変えてしまったのだろうか。 「とりあえず拠点はヨークシンシティにして、後は念を磨きながら現世に残ってる思念を探そうかと考えてる」 「そうか」 「クロロは渡航するの? あのカキン王国の」 「ああ、欲しいものは奪う。それがオレたちだ」 相槌を打ったは、目前の紅茶を一口、咽喉に流し込んだ。カップを受け皿に戻すまで、流れるような動作を瞬きもせず、オレは、じっと見据えている。「なに?」 「いや、否定するかと思ってたから。意外だな」 「……あれから考えてみたんだけど」 顔を上げたは、あの頃の彼女は死んでしまったかのように錯覚した。それ程までに、目前の女性は眩しく、オレは思わず目を細めた。 「死は、どんなことをしても平等に訪れるもの。わたしはね、クロロ……強い思いを残して亡くなった人間の思念はどう消化されるんだろう。そう思ったら、居ても立っても居られなくなった。これは、わたしがやらなくちゃいけないことなんだって。だから亡人がどんな人生を歩んできたとしても、わたしは平等でなくちゃダメだと思う」 「平等、ね…確かに死は誰にでも訪れる」 オレは瞼を閉じると、今までに死んでいった団員の事を想った。ウボォーギン、パクノダ、コルトピ、そしてシャルナーク。早すぎる死だと思いつつも、これが奴らの死なのだとも納得している。 ふと、オレはシャルナークが還った日のことを思い出した。オレを泣き虫だと言った。涙でくしゃくしゃになった面貌を今でも憶えている。あの哀しみを彼女は何度でも繰り返すことになる。 「泣くよ、また。あの時みたいに」 「……うん。でも自分で選んだ道だから」 人間は誰だって出会いと別れを繰り返す。例え占いを先延ばしにしたとしても、それが早まったとしても、いつかは味わらなければならない。がやろうとしているのは、そういうものだ。 「……今日、呼んだのはこれを渡そうと思ってね」 言いながら、オレは懐中に忍ばせていたケータイを取り出した。机上に置いての様子を覗く。彼女は、やはり不思議そうな顔をして小首を傾げた。 「かわいいケータイだね」 「これはオレのじゃない。シャルナークのだ」 シャルナークの名前を出すと、は少し驚いた顔をしてオレの方を見た。 「本来はアンテナが二本付属してあるんだけど生憎オレが使いきった。欲しかったらやるよ」 「アンテナ?」 「能力の話だ」 半分しか理解できていないようでは曖昧に頷いてからシャルナークのケータイを手に取った。一通り眺め、徒にボタンを押している。無論だがケータイが起動するわけではない。 それから口許に笑みを宿らせるとケータイをオレに向けて机上に置く――ならそうだと思っていた。 「これは、わたしが持つべき物じゃないと思う」 「……そう言うとも思ったよ」 「だったらなんで、やるって言ったの?」 「なぜだろうな」 撓らせたばかりの口許を手のひらで覆って考える。なぜ、オレは答えが分かっているはずの行動をしたのだろう。手が勝手に動いたでは理由にならない。 オレが考えている間、は静かにその時を待っていた。あの洋館から別れ、それからオレたちが集まったのはこれで4度目になる。予備のシャルナークのケータイを突き返されたが、連絡用にと無理やり持たせたのは、このためだ。 その間、生死や死後の世界、霊魂はたまた思念についてオレたちは話し合ってきた。他人からすれば完全にオカルトだ。しかし、オレたちは至って心髄なのだ。 シャルナークの話は、何もしなかった。名前を出したのは、今日が初めてだ。 ここで、オレは自分の答えに到達する。これは、シャルナークへの弔いの一つだと。ようやくシャルナークの名前や生前の話題を切り出すことで、オレたちは死を受け入れる。恐らくシャルナークもそれを望んでいる。 「……死を受け入れたつもりだったんだけどな」 独り言を言えば、どこか困ったような面貌では言う。 「立ち止まっても、いいんじゃないかな」 これはオレへの慰めだろうか。 「わたしたち生者は後戻り出来ない、進むことしか出来ない。でも時々振り向いたり、今は立ち止まってもいいんじゃないかなって。今なら彼を……シャルのことを想うのは必要だとわたしは思う」 「……そうだな。そうかも知れない」 「だから、シャルの話を聞かせて? シャルは昔どんな子供だった? 生きてた頃どんな人だった?」 前のめりになり、目を輝かせてオレに詰問してくるに少し笑う。まるで子供のように無邪気に。この人柄にシャルナークは、心を開いたのだろう。今なら少しだけ理解できる。 亡人を思い、過ぎ去った過去を思い出として語る。蕾から開花する花のように、紛れもなく、これはオレたちだけの弔いだった。 : 「ところでオレから依頼を頼みたいんだけど、いいかい? 前金は払うよ」 「なに?」 「もし、オレが思念として残り続けたらオレを見つけてくれ。必ず」 オレの言葉のどこに瞠目する要素があったのだろうか。は、ぴたりと動きを止めて、それから何かを考え始めた。 「必ず、は無理かもしれないけれど」 オレは、半分以上あるコーヒーのカップを手に取り、口付けようとしたところで答えが降って来た。全く酷いタイミングである。 「それじゃ前金の意味がないな」 「うん、だから前金はいらないよ」 まるでスローモーションのように、構築された破顔は午後3時の芸術品に他ならなかった。 「あなたと出会ってみせるね、クロロ」 X年後 ~ヨークシンシティ~
月が我が物で君臨している、深夜だった。 真正面から歩いて来る影は、ようやくオレの存在に気付き、足を止めた。表情は分からない。もう少し中心部ならば、眠らない街はオレたちをあっという間にネオンの一部にしていただろう。街灯も乏しいここでは、シルエットだけが視界で確認できる全てだった。 「…――クロロ?」 「ああ」 「……あなたからやって来たのね」 「勝手に足が動いていた、というべきか。ヨークシンにお前がいると思ったら自然にな」 「……そう」 数メートル先にいるは、久しぶりの再会だというのに大して驚きもせず、ただ一言そう言った。その態度に咽喉で笑ったオレは、からの言葉を待つ。 「ねぇクロロ、あなたは思念体? それても本物?」 ――人間とは。 人は生命誕生の瞬間から終焉に向けて走っている。その間、何かを残すために生きる意味を見出す。生死は互いに反目し合っているように見えて、手を取り合って人生を作り上げている。 出会いと別れも同等だ。どんなに美しい出会いがあっても、どんなに醜悪な別れであっても逆だとしても、終始は常に平等だった。誕生と死も平等なのだ。 斥け合う太陽と月は、必然的に互いを相容れないからこそ世界が廻り空が染め上げられる。この流動性の美しさは、どんなダイヤモンドよりも高度で誰のものにもならず平等の元にあり、帰結且つ契機である。だが、それよりも美しいのは何十億といる人間の一人一人の心なのかもしれない。逆を言えば、醜悪も人間の心だ。美と醜は常に表裏一体である、総てが。 ありがとう、とシャルナークが言った。オレたちへの感謝は、世界の一瞬の中で美々しい刹那だった。 朝から夜へ太陽から月へ、終わりから始まりへ――斥けあうものは美しい。流動的世界を、今はただ賛美しよう。 未来は今日始まる、明日始まるのではない。 「本物かどうか、触れてみろよ」 さぁ、再開しよう――オレたちを。 |
End. |
(20160829)
Afterword |
この後、主人公の念能力がクロロと似たような能力で消散した思念を今度は思念体として自由に呼び寄せることが出来たら楽しいだろうな、と思いました。念能力の名前は"わたしの奇妙な冒険(スタンド・バイ・ミー)"です。※ネタが分からなかったらすみません。いつか拍手で書いてみるのもいいかもしれません。 冗談は、さて置き、最後までお読み頂きありがとうございました。 ふと374話ショックが脳裏を掠めまして私の中では未だ受け止め切れていないといいますか、清算されていない事に気づいたのが始まりです。それから亡くなったシャルや残されたクロロの事を思ったら疑問やら何やら色々と噴出して気が付くと打っていた次第です。 関係ない人々を殺めてきたシャルが自分がその立場になったらどう思うのか、打ってみたのはいいものの描写は曖昧になりました。殺してきた後悔よりも、残してきた団員のことを思うものになってしまい、やはり私の中でシャル(というか幻影旅団)は死への反省はありませんでしたが、これこそが彼・彼女らなんだと思います。 そしてクロロも、もし携帯をあの時渡していればどうなっていたか、シャルが「大丈夫」と言いましたが、少しでも後悔すればいいと思い、出来上がったのが二人の会話です。(私の中の)クロロが少しでも救われればいいです。 クロロの警戒心が強いため、待ち受ける場所に他の団員も居そうなので加えようかと思いましたが長くなるので止めました。たぶんどこかに隠れてるんじゃないかな← シャルが消散したあとにクロロと主人公がシャルの話をしないのは敢えてです。実話ではありますが、身内が亡くなった時、敢えてその人の話を一定期間しませんでした。今思えば、亡くなった事を認めたくなかったのかもしれません。あとクロロって切り替え早そうだな、と。※泣いた赤鬼はすごく好きな童話なので、いつか題材にして文を打ちたいものです。 ラストのクロロが本体か思念体かはご想像にお任せします。 こういう物を打った後に思うことのが、もしもシャルが死ななかったら主人公とはどうなっていたかのIF物語。この話に限っては、私の中でふたりは出会っていないと断言します。このふたりは、生者と亡者として出会い、だからこそ私は陳腐にもふたりの出会いを運命としました。 生きる世界が違う、友情も恋にもならない。その余裕すら、ふたりにはない。何も始まっていない。冒頭の通りです。 題名のThe future starts today, not tomorrow. (未来は今日始まる、明日始まるのではない) ヨハネ・パウロ2世の言葉をお借りしました。 始まりのないふたりにこそ真逆の題名を付けたくなりました。また、クロロとの出会いも込めて付けました。ありがとうございました。 (20160829/哀悼の意を込めてH田) |