天空闘技場の周辺は観光客が訪れるからか、繁華街やホテルと随分と賑わいを見せていた。そこから少し離れた場所には、他の都市とは変わらない住宅地がある。一戸建ては無論のことアパートやマンションまで様々に在った。
 繁華街と住宅地の狭間に造られた、小さな公園。周囲には均等に立ち並んだ木々が、定番の遊具と何の変哲もない公園だ。公衆トイレの壁には落書きがあり、良く見られる光景でもある。
 がその場所を通りかかったのは夕刻の時間帯だった。それは偶然でもなく、彼女の出勤ルートであり、ただ通常と違っていたのは仕事が早めに切り上げてきた事くらいだ。
 公園に近づくと、人だかりが出来ていた。何も考えず、好奇心のみで近づくと野次馬たちが皆、青貌だ。は小首を傾げながら、近場にいた男性に声をかけた。「あの」
「何かあったんですか?」
 男性は振り向くと、どこか驚いたような顔をし、それから哀しげに答えた。
「ただの殺人事件だよ」
「殺人事件…?!」
 男性は視界を遮るかのようにの前に立ち「グロいから見ない方がいい」と言った。ポリスが来ていない事から、人だかりの向こう側には未だ死体があるのだろう。
 今日は、この都市にとって厄日なのかもしれない。先刻には、名物である天空闘技場で騒動が起こり、テレビでは引っ切り無しに生中継されていた。救急車もポリスもここに到着するには、もう少し時間を要するのかもしれない。
「そう、ですか…」
 は、ひとつ頭を下げ、その場から離れた。天空闘技場を除けば、この都市の治安は悪くはない。観光客の出入りが激しいため、警備は十分にある。故に、この住宅地も平和なものだった。
 重い足取りで自宅に戻ったは、テレビの電源を付けた。ニュース番組に切り替えると、やはり闘技場の映像が繰り返し流れていた。先程訪れた公園の出来事は未だない。

 翌朝、慌しく準備に取り掛かっている最中にテレビから待ち望んでいたニュースが流れることはなかった。決して些細な殺人事件ではないはずだ。人が二人も亡くなっている。不思議と思いつつも、は日常を取り戻すため、中断していた朝を再開したのだった。
 出勤には、あの公園を通る。もしくは、遠回りをしなければならない。あまり乗り気ではなかったが、時間は残されていないため、は小走りで公園を通り過ぎた。
 やはりここでも、不思議と思ったのはだけだろうか。公園は、なぜかいつもの静けさを保っていた。ブルーシートもKeep outのテープも引かれていない。気になる人影が、ぽつんと佇んでいるだけだった。
 :
 時刻は8時を回っていた。街頭の灯りはあるものの、暗黙の世界は、どこか違う世界へと誘惑の手のひらが泳いでいる。夜の世界は魔物がいるのよ、と幼い頃、祖母が言うことを聞かせるためによく呟いていたものがの脳内に朦朧と浮かび上がった。
 今となって、それはまやかしだが昨日の殺人事件があった公園は、どこかリアルに思えた。朝と変わらず、公園は茫然と存在しているが、まるで齷齪だ。
「?」
 そこで、ひとつ変わらないものがあった。同じ場所に、人影が棒のように突っ立っている。
「あの…」
 思わず声をかけてしまったのは、反射的と言った方がいいのかもしれない。しかし、すぐさまは後悔した。なぜ、なぜに声をかけたのだろう。後悔だけが押し寄せる波に攫われてしまいそうだった。時既に遅し。
 の声に、立ち竦んでいた人物が振り向いた。そして、こちらに向かって歩いて来る。
「また会ったね」
 最初、新手のナンパかとは思ったが、声をかけたのは自身だったため、それを取り止める。屈折のない笑顔に思わず眉を顰めてしまったが、何となく見覚えのある顔だとも思い、少し思考を巡らせた。
「もしかして昨日の人ですか? すみません、思い出せなくて」
 が昨日の人と言っているのは、事件現場で声をかけた人物そのものだったからだ。綺麗な髪色が印象的だった。
 苦笑した男性が、頭を振る。
「ところで、君ってなに?」
「…なに、とは?」
 は小首を傾げて続く彼の言葉を待った。
「オレ、昨日あそこで死んだはずなんだけど」
 彼は夜に映える美しい金髪と、美々しいエメラルドの眸を持っていた。

 男の名前は、シャルナークと言った。幽霊とも言った。初め、は何かの冗談だと思ったが、ドアや壁をすり抜けた現状を見て信じる他なかった。しかし、には触れれるようで、体温の何もない感触は不可思議さがより浮き彫りとなった。道中、確かめるようにシャルナークに触れてみれば、確かにそこにいる感覚はあったのだ。
 そして今、は部屋で自称幽霊と二人きりでいる。シャルナークはの目に視える中では、きちんと両脚があり、血色も良好。そこ等に居る人間とは何ら変わりなかった。
「あんまり驚かないんだね」
「…十分驚いてます」
 もしもシャルナークが生身の人間だったのなら、は簡単に部屋には招き入れていないだろう。
 部屋に呼んだのは2つの理由が存在する。一つは通行人に奇異な目で見られたこと、もう一つは、あの現場から早く離れたかったためだ。
「早速だけど、ちょっと聞いてもいい?」
 は、平静を呼び戻すため冷蔵庫から冷えたレモンティーを取り出した。コップを2つ用意しようと思いかけ、止める。彼は幽霊だ。
 なみなみに注がれたレモンティーを一気に飲み込み、ようやく返事をした。「はい」
「君は念って知ってるの?」
「……ねん?」
「無意識か…どう説明しようかな」
「その前に、わたしから質問してもいいですか?」
「いいよ」
「あなたが亡くなったその後のお話を聞きたいです」
 シャルナークは何か考える素振りを見せ、それから一つ自虐的に笑いを零す。
「死んだ理由じゃなくて死後ね。君って変な子だな」
 ――意識が途切れたと思えば、次にシャルナークが見た光景は、ブランコの鎖に両手を括り付けられ、顔面の腫れた己の姿だった。足許には仲間の頭部が転がっており、全て在る人物がやった事なのだと合点は直ぐにいった。
 怒り、哀しみ、後悔――感情が洪水のように迸る。
 だが何よりも、なぜココにいるのかシャルナーク自身わからなかった。死後の世界は彼の中で理論が通らないことから、信じる云々よりも考えたことなど無かった。死は終焉。それだけだと、淡泊に思っていた。
 それがどうだ。いざ当人になれば困惑ばかりが付きまとう。公園から出れない、無論の事、生者には話しかけられない。歯がゆい時間を過ごしていた時に話しかけられたのが、だった。現状の打破を計れないまま、24時間以上が過ぎた頃、やはりシャルナークを救ったのはの一声だったのだ。
「……」
「知ってるか? 君は無意識だろうけどオレに触るとき手からオーラを出してるんだ。確かに人間は常にオーラを出しているけど君の場合、念能力者と同じなんだ」
「念能力者?」
 シャルナークは苦笑すると掻い摘んで念の説明をした。は、信じられない様子で聞いていたが、やがて真剣な眼差しで聞き入った。彼女の中で、何か引っかかりがあるのか時折、質問までしている。
「何か心当たりある?」
「……」
 は黙すと、シャルナークを見ては床に視線を落とす、この動作を何度かした。言葉を選んでいるようだった。
 彼女の滑り出しは「信じて貰えるか分かりませんが」から始まった。
「数年前に亡くなった祖母は不思議な人でした。祖母はジャポン出身で"神社"という神を奉る出自だったそうです。不思議な人というのは…時々、祖母は庭先で会話をしていたんです。目の前に、誰もいないのに」
 コップにもう一度レモンティーを継ぎ足し、はダイニングテーブルのチェアに腰掛けた。シャルナークは立ちすくんだままだ。
「何してるの? と聞けば祖母はこう答えるんです。帰してあげているのよ、て。そして必ずと言っていいほど会話が終わった後は無数の小さな光が舞うんです。とても綺麗だったので今でも覚えています」
「……なるほど」
「わたしがあなたを幽霊だと信じたのは祖母の存在です。今思えば祖母は、亡くなった人とお話していたんじゃないかと……これは、あなたの言う念というものですか?」
「ちょっと語弊があるね。全ての念能力者に死者が見えるわけでもないし、敢えて言うなら、それこそ君の能力そのもなんじゃないか? オレがどんなに頑張っても公園から出られなかったのに、君が来たらあっさり出れたんだ。これも君の能力だと推測している」
「わたしの能力…?」
「君の場合、この能力は血筋によるものだよ。両親にこういった能力が現れなかったと仮定すると、おそらく覚醒遺伝したんだろう。引き金は祖母の死」
 放心したように、どこか一点を見つめるは、数多の情報を詰め込みすぎて処理に追いつけない様子だった。時折、頭を抱えては真顔になってみたりとシャルナークからすれば百面相に見え、笑ってしまいそうだったが本人が真剣なため、空気を読み、それだけは飲み込んだ。
 は握っていたコップの中身を一口含み、ゆっくりと咽喉に通した。見上げた先は、シャルナークの面貌だ。
「生前、祖母が言ってました。未練を残した強い"思い"は、目的を果たすまで現世に在り続けると」
 ふたり見つめ合って数秒。「シャルナークさん」
「あなたもですか?」
 シャルナークは、その問いに言葉として答えなかった。ただ、春の日差しのように柔らかに笑うと「シャルでいいよ」と言った。
 柔らかな微笑。それが、への答えだった。

 それから、ふたりで色々な検証をしてみた。他人にはシャルナークは視えない、物には触れれないのは当然として、シャルナークが自分の着ている服に感触があると言った事を推測するに、生前シャルナークが触れていたものならば、触れることが可能ではないか、ということ。
 にとって予想外だったのは、このシャルナークという幽霊が率先して能力を解明してくれることだった。念の使い方も分かりやすく説明してくる。
「何から何まですみません」
「敬語いらないって、さっき言ったけど」
「あ、うん…ごめんなさい」
「別に気にしなくてもいいよ。オレはオレのために、こうして君に協力しているわけだし」
「?」
「じゃ、早速だけどケータイを使ってみましょう」
「と、言うと?」
「……オレの声、本当に届かないのか知りたいんだ」
 深い水底のように愁いと悲壮を同居させた声色と表情が、先程まで飄々とした態度とは、まるで真逆だ。見惚れていたと言えば場違いなのかもしれないが、はこの様子を瞬き一つせず見入ってしまった。
?」
「…何でもない。ケータイね、えっと…誰にかけるの?」
 は、髪を耳にかけるとバッグから携帯を取り出した。フォーンをタップし、ダイヤル場面に切り替えてシャルナークからの返答を待つ。
「団長に」
「団長?」
「団長は警戒心が強いから、知らない番号だったら出ないかもしれないけど」
 そう前置きを言い、番号を早口で並べた。は慌てて番号を押し、携帯画面を見せて間違いのないことを確かめる。シャルナークが頷くと、意を決して通話ボタンを押した。
 コールが鳴るとスピーカーボタンをタップする。この時点でコールは既に3度鳴っていた。
 5..6....7度目の途中で電話は切られた。言うのでもなく、あちら側が切ったのだ。
「やっぱりだめか」
「どうする?」
 シャルナークは、うんと唸ると口許に笑みを浮かべながら楽しそうに思案している。
 彼は死んだ事実があるのに関わらず、初めから狼狽や、感情を露になることが少ない。どこか一般人とは逸脱している雰囲気は念能力者ならではかと思ったが、の予想はシャルナークの一言で全て解決された。
「流星街に行こうか」
「流星街?!」
「あ、知ってる? 流星街」
「ちょっと待って。わたし明日も普通に仕事あるし、まだ夕飯も食べてないんだけど…!」
 きょとん、とされたシャルナークの表情。正論を捲くし立てたにも関わらず、まさかそのような反応をされるとはは思わなかった。
「仕事って稼ぐためにしてるんだよね?」
 が頷いてから数秒後。ぽん、と両手を叩いた手の動作に、底知れぬ仄暗い予感がの脳裏を掠めた。
「こうしよう。オレはある人に、どうしても伝えたいことがあるんだ。それが達成できて成仏したら君に全財産あげるよ」
「伝えたいこと? 全財産?! ていうか成仏したらどうやって受け取ればいいの…?」
「それは後から考えるとして……オレ、そこら辺にいる奴よりも金持ちだから。金なんて死んで持っていけるものじゃないし全部あげるよ」
「…でも、突然仕事を休むなんて良心が」
「そんなに今の仕事が大切?」
「どちらかといえばブラック寄りだけど…。あれ、拒否権ないの?」
 シャルナークは悪気もなく、けろりと言ってのける。「ないよ」
「オレを解決しなきゃずっとこのままだよ? 気づいてないかもしれないけど、オレ、君から5メートルしか離れられないんだからね。オレを成仏させるまで、ずっとこのままだ」
「え! そうなの?!」
「はい、決まり。なるべく身軽の方がいいからリュックに必要なものだけ詰めるように。服装は動きやすくて、靴も走りやすいスニーカーがおすすめ。初心者にあっちの空気は慣れないだろうからマスクとゴーグルは用意した方がいいよ。それから…――」
 自称幽霊から、ただ話を聞くだけだと思っていた。
 通常通りの仕事を終え、帰宅してすぐに夕飯の準備に取り掛かり、バスタブにあたたかい湯を張ってささやかな仕合わせをは味わう予定だった。それこそ、日常のひと時を。
「…どうしてこうなった」


>>>

(20160819)

讌ス螟ゥ繝「繝舌う繝ォ[UNLIMIT縺御サ翫↑繧1蜀] EC繝翫ン縺ァ繝昴う繝ウ縺ィ Yahoo 讌ス螟ゥ LINE縺後ョ繝シ繧ソ豸郁イサ繧シ繝ュ縺ァ譛磯。500蜀縲懶シ


辟。譁吶帙シ繝繝壹シ繧ク 辟。譁吶ョ繧ッ繝ャ繧ク繝繝医き繝シ繝 豬キ螟匁シ螳芽穐遨コ蛻ク 隗」邏謇区焚譁呻シ仙縲舌≠縺励◆縺ァ繧薙″縲 豬キ螟匁羅陦御ソ晞匱縺檎┌譁呻シ 豬キ螟悶帙ユ繝ォ