どこかで感じたことのある体感、既知感。
 あの時と同じだと思った。会話の内容は違えどクロロから課題を言い渡され、回答を提示されたあの時と。
 どうやら、わたしは真剣になるとため口になるようだった。だが、それは本気で相手と向き合っているということだ。わたしは、ここで部下ではなくとして存在している。彼は、この時を待っていたのかもしれない。
 ジンさん――いいや、ジン。立場や年齢など無関係に、人と向き合うという事、それを臆せず教えてくれたのは、あなたで、あなたでなければ駄目だった。またひとつ、わたしが誕生する。

「分かった気がする……ジンさんがわたしにお礼とかいちいち言わない理由」
「…」
「あなたは前々から、わたしを部下としてではなく一人の人間として接していた。友人、なんて言ったら少し違うかもしれないけど、信頼している人間に礼はいらないって事だったんだね」
 眉を困らせ、少し複雑な表情で何とか笑いかけた。すると彼は、たった一言「ああ」と肯定すると、わたしとは逆に得意気に言い切る。
「それ、しっくりくる」
「…?」
「敬語。お前には似合わねーよ」
 すみません、と咄嗟に謝ろうと開口した時だった。



 不意打ちに名前を呼ばれ、わたしは全身を強張らせた。名前など満足に呼ばれることがなかったためか、わたしは一瞬、誰の事かと思ってしまったのだ。
 呆気に取られていると伸びてきた手が、わたしに向かっている。それは、いつも通り頭をぐしゃぐしゃにされるかと思いきや、肩をいつもより優しく叩かれた。これが何の意味を示すものか、わたしは些か時間を要する。
 頭の中は、疑問符だらけだ。その間、離れた手は俊敏に引っ込み、ジンさんがそっぽを向きながら舌打ちを一つ。
 雰囲気が一変したため、何事かと思考を切り替えると、ようやくここで、わたしも気付いた。真横から、鋭利な視線が複数あることに。
 巨大なパフェはなくなっており、空になったガラスの器がテーブルにあった。わたしたちが会話をしている間に子供たちは、全てを平らげてしまったようだ。いつから見られていたのだろう。
「ふ、二人とも食べ終わったんだ?」
「うん! すっごい美味しかったよ」
「まだ入るね」
 何かやましいことをしていたわけでもないというのに、狼狽したわたしは気恥ずかしくなると置いてきぼりにしていたフォークを掴み、残りのショコラを口に詰め込んだ。
 ふん、と鼻で哂った音がする。見上げた先には、真向かいにいるキルアくんの呆れ顔。「つーか…」
「何か始める気ならオレたちのいないことろでやってくんない」
「なッ…まだなにも始まってないよ?」
「まだってなんだよ。都合の悪いことはすぐに隠すよな、オトナは」
 もはやこの小学生に、ぐうの音も出ない。無意識の言葉が、こんなにも羞恥を持つとは思わなかったため、わたしは真っ赤になりながらジンさんを見た。
 彼は、何も気にしていないのか小指を耳穴に入れながら欠伸をしている。助け船を、オールすら手に取る気はないらしい。
 テーブルの下でジンさんの足を踏むと「痛ェな」と聞こえて来た。

 スイーツ店を堪能したわたしたちはジンさんが今現在、住んでいるというマンションの駐車場にいる。
 今回は、めずらしく敷居の高いところに住んでいることに驚いた。ジンさんは街から少し離れた場所や、年季が入ったボロアパートを好んでいたからだ。元々、長期に渡って同じ住居にはいないようで契約期間が切れたら他へと引っ越す傾向がある。
 誰かが――確かチードルさんが――根無し草と称していたことがあった。ジンさんはホテルに在住している場合もあり、彼を捕まえるためにアパートに行くともぬけの殻事件がよく多発していた。
 無論、約一年前までの被害者は、わたしだ。数を重ねるごとに慣れたためか、ジンさんの行動パターンが読めてしまい、わたしは会社で誰よりも彼を見つけることに長けた人間になった。必要不可欠の人材だとボトバイさんに褒められたのを覚えている。彼を探し当てるのが、わたしの仕事の一つでもあったのだ。

「それじゃ、わたしはここで」
さん、今日はありがとう」
 笑顔を向けてくるゴンくんに「どういたしまして」と笑顔で返した。更に向けられた笑みに、抱き着きたい衝動に駆られたが理性で押し止める。
「また、会える?」
「うん、きっと。今度はキルアくんの行きたいところに行こうね」
「…仕方ねェから行ってやる」
「ありがとう」
 最初は戸惑ったものの、今日一日でキルアくんの対応に慣れてきたわたしは、今ではどんな返答でも可愛く見えてきている。既に母性が目覚めてしまったのかもしれない。
 すると、ここでゴンくんが小指を立てた手を向けてきた。何事かと思いながら、つられてわたしも小指を立てる。
「指切りしようよ!」
「指切り?」
「オレの島では、こうして小指と小指を絡ませて…」
 小さな小指が、わたしのものに絡ませてくる。
「ゆーびきーりげーんまーんまたよーにんーであーそぶ、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます」
 突然、歌いだしたゴンくんは、ぶんぶんと繋がった手を振っている。わたしは、目の前で展開されている様子に悶えながらも、物騒な歌詞に冷静な突っ込みを入れていた。
 針、1000本…?
「ゆーびきーった! で、その後ここをこうして」
 歌詞には「指切った」としているがゴンくんと繋がれた小指はそのままに、持ち上がった手。そして親指が立てられた瞬間――。

 なにこれ反則だ。「誓いのチュー!」

 互いの親指の腹がくっ付いた途端、誓いのチューとやらがされる。わたしの理性が崩壊した瞬間でもあった。
「ゴンくん、絶対行こう…行こうね! あ、キルアくんもしようよ誓いのチュー」
「…うっわ引く」
「ほら、ポケットから手、出して」
「やめろ、まじうぜェ! つーかお前、兄貴と同じくらいだろ? いい大人が何やってんだよ」
 兄貴とやらが良く分からない理由だったが、今のわたしにとって、そんなものどうでもよかった。
 ほぼ、無理やりキルアくんと誓いのチューをしたわたしは、そのテンションのまま、ジンさんに迫った。彼は、完全に呆れ顔だったが、わたしの様子に察しがついたのだろう。眉間に皺を寄せて「お前…まさか…」と呟いている。
「ジンさんも手、ちょうだい」
「…バカかお前」
「ゴンくんの島でってことはジンさんの生まれ育ったところのものなんでしょ? じゃ、しようよ」
「じゃ、ってなんだじゃって。大体――」
 めずらしく狼狽しながら、まだ言い続けるジンさんの手首を無造作に掴んだ。わたしは、にこりと笑って無理やり小指を絡める。掴んだもん勝ちである。
 う”、とジンさんから聞こえ、逃げ惑う手と攻防している間、わたしの代わりにゴンくんが指切りを歌っていた。まさか自分の息子が歌うと思わなかったのか、ジンさんは「おいゴン!」と声をかけているが効果はゼロだ。
「はい、誓いのチュー」
 もはや強制的なキスだった。反ったジンさんの親指が可哀想なほどだ。痛いくらい親指の関節に振動が来たものの、わたしは満足気に笑う。
「約束、破らないでね」
「…オレは一言も行くって言ってねーかんな」
「ジン、針1000本だね」
 背後から援護射撃が放たれる。やはり何だかんだと”息子”という立場は最強らしい。
 本日何度目だろうか、たじろいだジンさんは、わたしの手を振り払うと一言。「こいつらを会わせるんじゃなかったぜ」

 誓いのチュー劇場も終わり、わたしは手を振ってようやく3人に背を向けると帰路を目指した。
 ディナータイムの前に、わたしたちは別れたため、自宅に着いたらまずは夕飯作りから始めようか。わたしの頭の中は、今後のスケジュールで一杯だった。クロロの事など、彼方に飛んでいた。
 材料は冷蔵庫にあるため、どこにも寄ることなく真っ直ぐ家に帰ろう。ワインをジンジャエールで割り、チーズと生ハムを頬張りたい。その前に汗だくの身体をすっきりさせたいため、ゆっくりとバスタブに浸かろうか。バスソルトは柑橘系を主調としたあいつに決めた。

 だが、こんなにも濃密な時間を過ごしたとしても、これだけで本日は終わらなかった。

「案外、早い帰宅だな」
 車のドアが力強く閉まる音がした。
 夕方の時間帯は人通りは多いが、それは大通りだけで、わたしの住むマンションの路地は疎らである。坂というのには緩いレンガ道登り、ようやく着いたと一息吐いた刹那の出来事だった。
 数メートル先で、こちらに向かってくる男は物騒な笑顔で距離を縮めて来ている。名ブランドの黒シャツに黒ボトム――数時間前、見た姿そのものだと思われたが、何となくシャツが違って見える。ネックがV字ではなかったはずだ。
 彼は本でも読んでいたのか、片手には一冊の本を持っていた。猛暑の今日、車中にてわたしが来るのを待っていたのかもしれない。
「え……クロロ、なん…約束してないよ、ね?」
「ああ。ま、数時間振り…と言うべきか」
 ひぃ、と咽喉から悲鳴を上げたわたしは、クロロが何を言いたいのか瞬時に理解した。会話になっていないのは毎度のため、そんなもの気にしていられなかった。
 クロロは明らかに動物園の出来事を言っている。思えば、フォローの連絡の一つでも送れば良かったのだが、怒涛の出来事に失念していた。
「あ、ああ! あの時ね、えっと…」
 目線を泳がせて何とかこの場を切り抜けようと、わたしは必死に言葉を紡ごうとしたがクロロがそれを許さなかった。
「お前の部屋にビールはあるのか」
「え? ない、けど…」
「そう思って買ってきた」
 車からビニール袋を取り出すと、クロロは親指を天に指した。やがてその矛先は、わたしのマンションに向かう。
 ――勘弁して。
「上がらせろよ。待ってたんだ」
 場所は、わたしのマンションから少し離れた路上。少女漫画よろしく強制イベント勃発だ。
 くたびれた身体に、このイベントは辛すぎる。フラグをへし折るにはどうしたものか。
 汗が引かない。両脚も動く気配はない。わたしは確実に、どこかで地雷を踏んだに違いなかった。

強制イベント

(絶対にやりたい誓いのチュー)
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(20180211)

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