男はクロロ=ルシルフルと名乗った。
 見覚えのある気がしていたの疑問は、名前を聞いた途端、容易に晴れた。以前、サイトで幻影旅団の頭の惨殺死体の画像が載せられていた本人そのものだと。
 クロロ本人にその事を追求してみたが、返ってきたのは無言と不適な笑みだけだった。ここで、は何かの念能力なのだろうと憶測を立てたが、それ以上言葉にするのは止めた。確かにクロロは今現在、念が使えないが口封じに命を狙われる可能性は0パーセントではない。誰だって己の命は惜しい。
「あなたの望む場所までの距離が遠ければ遠いほどガンガン報酬が上がっていくから」
「ああ、構わない」
「それと言っておくけど、あたしの念能力は戦闘向けじゃないから期待しないで。そこら辺の奴よりは、まぁましだと思うけど」
「OK…契約は以上か? それじゃ出発しよう」
 達成後の報酬と注意点を述べると、男は安直に頷いて先を促した。決して安い依頼ではないが、それ程までにクロロの懐は温かいのだろう。
 それはそうだ。彼は幻影旅団の団長――金は腐るほどある。




 道のりは酷いの一言で片づけられなかった。クロロは馬鹿正直とも取れるほど東に拘り進んでいく。街があるなら少し遠回りしようというの提案は却下される始末である。
 ついには船に乗り小島を目指したが、ここで巨漢に瞬間移動させられた。驚愕したの横では、クロロが深く考察している。
 ふたりで旅立ち、早一ヶ月は過ぎていた。がクロロと居て思った事は、この男が不思議人間だと言う事だった。
 思考はまるで読めない。考え出したら止まらない。時折、口調が変わり困惑する。
 故に、こうして己の世界に跳躍した場合、は黙りを決め込む事にしている。以前、話しかけたとき「少し黙れ」と怒られたからだ。
「……そうか」
「で、分かった?」
「あの男の口振りから察するに、あの島はグリードアイランドの舞台だな。あの中に除念師がいる…!」
「ああ、あの高値のゲームね」
、もう一つ依頼を頼めるか」
「行かないよ」
 グリードアイランドは念能力者のみがプレイ出来るゲームだ。その内容を、は小耳に挟んだ事があった。
 このゲームには、彼女にとって最大のネックがある。自分の意志では帰れない事だ。
 こう見えても、はクラピカの依頼を忘却の彼方へは追いやっていない。緋の目の情報を掴み次第、真っ先に伝えなければならないのだ。こうしてクロロと共にいるが、暇さえあれば情報収集に勤しんでいた。それは緋の目だけでなく、今後の事についてもだ。
「そうか。じゃ違う依頼を頼もう」
「まだあるの? いい加減解放して欲しいんだけど」
「グリードアイランド行きには違う奴に頼む。お前に頼むのは継続だ」
 継続と聞いての頭に浮かんだのは現状況だと理解したが、言葉通り彼女は解放を望んでいる。なぜなら、こうした長期依頼はあまり好まない。
 幾つかの理由の中に情というものがある。それは、言うならばクラピカにあたる。ではクロロ=ルシルフルにも同義かと問われたら、は真っ先にノーと答えるだろう。
 このクロロという男は危険だと脳内で警告のサイレンが鳴るのだ。女の勘ではなく、これは人間としての危惧だ。
「……あまり望ましくない」
「なんで?」
「だって、これ以上いたら能力知られそうだし、それだけは避けたい」
 クロロは真顔でを見据えていたが、やがて喉を鳴らして笑った。
「くくく……なる程。オレの前で念能力を見せないのはそれか」
「誰だって自分の能力を知られるのは嫌でしょ」
「それだけじゃないだろ」
 ゆっくりとした歩調で近づいてくるクロロは、念が使えないのにも関わらず威圧感のみでを黙らせた。背中に伝う汗が乾いた風で冷ややかにを嘲笑っているかのようだった。
 を見下ろすクロロの双眸は相も変わらず漆黒に塗られている。ここに何を混ぜても、この黒に何もかもが呑まれてしまうだろう。
 何色にも染まらない。それが黒色であり、クロロその物のようだ。
「お前はオレといるのが怖いんだろう?」
 この黒に、取り込まれてしまうのが。


 結局、振り切る事も出来ずにはクロロが念を取り戻すまでの間、共に居る事になった。
 その時に出会ったのが、死神ことヒソカである。後に彼は、しつこいまでにクロロの行方を頼む事となる。
 クロロはジョイステーションから離れる事は無かった。読書に勤しむ事もあったが、常にジョイステーションの前。結局クロロは何もしない故、食事はが用意している。もはや家政婦だ。
 と言えば、他の仕事は電話対応が主になっていた。受ける依頼は信頼があるクライアントのみ、報酬は後々という以前のスタンス崩壊だ。
「(念が戻ったら大量のダイヤを請求してやる…!)」
 この思いを胸にクロロの傍にいる事を受諾していた。そうでもしなければ、やってられないのだ。

 途中、偶然手に入れた緋の目の情報をクラピカに伝えるために電話をした事があった。無論、クロロの前では依頼主の名前は言わない。
 クロロは本末転倒とも言えるほど、行き先さえ告げればを自由にする事がある。その隙に電話をしたのである。
 3度目のコールでクラピカは出た。久々の、彼の声だった。
か。久しいな』
「久しぶり。元気そうで良かった」
『近頃、顔を出さないから疑問に思っていたところだ』
「長期の仕事が入ってね。なかなか情報が集められなくて、ごめん」
『いや、問題ない。こちらも全く動いていないわけではないからな。元気にしているのか』
 久しぶりなのにも関わらず、冷静な対応のクラピカには安堵していた。
 何だかんだと言ってクラピカの言葉の中には、を憂慮する言葉がある。それだけで安らげる気がしたのだ。
「1つ情報を入手したからメールで送る。ああ、この電話の盗聴はされてないと思うけど、心配だったらそっちで調べて」
『了解した。それで、いつこちらに帰ってくる予定だ』
「今の依頼が終わり次第すぐにでも。ちょっとね、今の依頼は窮屈で仕方ないの」
『フッ…愚痴か。めずらしいな』
「ごめん、忘れて」
『いや、構わない』
 は確かに緋の目の情報を流すため事務所に足を運ぶが、それだけの目的で行く訳ではない。自然と、まるで友人のように出向いていた。
 故にこうして、他愛もない話しもする。クラピカの言うとおり、が愚痴を口にするのは、めずらしい事だった。
「……ねぇ」
『なんだ?』
 なぜ、何を言おうとして声をかけたのだろう。
 は口唇を何度か開閉し、結局は黙してしまった。
『……私は忙しい。用件は早めに頼む』
 思わず口にしたのはこれだ。
「会いたい」まるで恋人に言うように。
「今の言葉を暗号化して。それがメールの暗証番号にするから」
『……まったく、心臓に悪いな』
「嘘は言ってない。あのヤニ臭い事務所で紅茶が飲みたいよ」
 会いたい――それは間違いではないのかもしれない。恋人とは‘恋しい人’の事も言う。
 今まさにの恋しいのはクラピカの他いなかった。あの薄暗くヤニ臭い事務所に似つかわしくない、上質な紅茶をクラピカと共に飲みたかった。
『…そうか。ならば早く終わらせて帰ってくる事だな。――切るぞ』
 宣言通り、ここで電話が切れた。
 はなぜ「会いたい」と飴玉のような事を言ってしまったのか少し考えて、それ以上の感情の模索は止めにした。自然と出たのは、深い笑みだ。
 帰ってこい、とクラピカは言った。それだけで心が満たされてしまったのだ。

 滞在しているアパートに戻ると、クロロの姿はなかった。神経を研ぎ澄ませれば、バスルームから何か動く気配がある。
 生存確認して、は買ってきた材料を取り出すため、袋に手を突っ込んだのだった。
 :
「機嫌いいな」
「え?」
 昼食を用意した後、ふたりでテーブルを囲んでいる。
 ガーリックバターが塗られたバケットをが頬張っていると唐突にクロロは言った。バスルームから出てきたクロロはめずらしく言葉少なく、ようやく紡いだ言葉はそれだ。
 自身、無自覚だったがどうやら他人からすれば機嫌が良いらしい。
「勘違いじゃない?」
 無意識の内に上がっているだろう口角を引き締めるため、は、ぐっと口唇に力を込めた。そして勘違いだと嘘を吐く。
「ふ…下手な嘘はよせ」
「……」
 は嘘が下手だ。以前、クラピカに指摘された事があるが、それはある程度親密でなければ判らないほどの誤差。
 それを出会って間もないクロロに指摘され、は目を泳がせた。そして胸中では、何処と無くクラピカとクロロが少し似ていると思ってしまった。
 秘密主義者なところや、冷静な状況判断、合理主義。とはいえ、クロロの方が年齢が上のため、表立った感情を露わにするところはあまりない。
「男か?」
 が、おどけて返す。「さあ、どうでしょう?」
「…五分といったところか」
 クロロは目線を下ろして微笑んだ。その微笑みが一体どの類いなのか、には解らなかった。


 ヒソカから除念師を見つけたという連絡があった。ここで、クロロは恐らくこれが本来の依頼だったろうものを追加した。
、ヒソカが除念師を見つけた。除念が終わるとヒソカは即オレと闘りたがるだろう。もしくは、いつ闘るか日時を迫るだろう」
 は二人が交わした約束を知っている。クロロが念を取り戻したら一戦を交える事。
 しかし、クロロが即座に戦闘を望んでいない事も知っていた。
「そこで、お前にはオレが念を取り戻してすぐにヒソカの足止めをしろ」
「……え? 死ねって事? 前にも言ったけど、あたしの念は戦闘向きじゃないんだけど」
「何もヒソカと戦えと言ってない。あくまで足止めだ」
 は懸命に脳みそを働かせた。確かに足止めくらいは可能だが、それはクロロに能力を見られるというリスクも背負う。
 いつまでも返事をしないに追い打ちをかける言葉が投げられた。
「いつか、殺りたい」
「え」
「ヒソカがお前を見て呟いた言葉だ」
 あの時のヒソカをは未だ憶えている。舐める様に見据え、殺気を懸命に殺しているヒソカの恍惚とした表情は殺人鬼の顔だ。
「…あたしも逃げた方が賢明ってわけね」
 の依頼内容は、‘クロロが念を取り戻すまで’――つまり、除念の間も共にいなければならない。この依頼を断った場合、全てが白紙になる。それだけは意地でも嫌だった。
「ああ。一緒に撒いた方が互いにいい」
 もしかしてクロロ=ルシルフルという男は、ここまでの段取りを全て計算した上だったのではないかと、そう思ったは完敗を認めたのだった。

手のひらの魔法(エンド・ワルツ)
【具現化したルージュを塗られた人・物はの思い通りに動く】
※ルージュの色は何色でも可
・発動条件は念を付けられた場所が一か所以上ある事
・そして最初に「お願い」と言う事
・お願いを重ねるごとに効果は効かなくなる


 部屋の出入り口、念のため近場の窓やサッシ、そして部屋の床一面に具現化したルージュを塗りまくる。ヒソカがその場所を踏む、もしくは触れればそれだけで十分発動は可能だ。
 自然解除時間は短いが、この能力では新鮮な情報を取り入れている。相手の口唇に塗り、「お願い、全て話して」と言うだけで簡単に入手できるのだ。
「よし、あとはヒソカが来るだけね」
 二人で傾向と対策を話し合い、一通り終わるとクロロは感心したように呟いた。
「これはなかなか便利だな」
「…そうでもないよ。使い勝手は悪いと思う」
「腕のいい奴と組めば無敵だろう」
「情報収集するだけならね」
 ある程度の念を教える事は、不本意でもあるが今後を天秤に掛けるなら必要不可欠だった。これは序の口。の念能力の本領は隠したままだ。
「どうだ、クモに入るか?」
「嫌でーす」
 ――数時間後、ヒソカはジョイステーションの前に現れた。そして除念師と待ち合わせの場所まで向かい、念を取り戻して早々、間髪入れずは言った。「‘お願いヒソカ、動かないで’」
 足の裏に引っ付いたルージュでヒソカは一歩も動く事は出来なかった。まさには足止めを成功させたのである。
 クロロからの解放、そして報酬。ヒソカを背後に走るの足は軽やかだった。

 その後、クロロからの報酬は宝石の山だ。どれもこれも皆、無論の事本物である。今までの依頼主の中で一番の報酬だ。
 もはや持ってきたバッグに入り切らない。仕方なしにクロロが入れていた小汚い袋を借りる事になった。文句は言っていられないのだ。
「これで成立。もう会う事ないね」
 は、これまでにないほど喜色満面をクロロに向けた。心なしか、クロロも微笑んでいるように見え、お互い気持ち良ければ全て良し。は、これが円満成立だと思っていた。
「いや、まだだ……、選べ」
 ズッとクロロの右手から本が現れた。は危機を察し、バッグを放り投げるとルージュを具現化させる。
「ここでクモに入るか、入らないか選べ」
「その答えは既に答えたはずだけど」
「ならば仕方ない…………闘ろう」
「あなたの本当に欲しいものはなに?」
 なぜ、がそれをクロロに問うたのか。それはヒソカと連絡先を交換した後、こっそりとヒソカは告げたのだ。念を盗まれないようにね、と。
 じり、と足に力を入れる。狙うはクロロの手だ。
「その口ぶりだとオレの念能力を知っているようだな。告げ口したのはヒソカか」
「…」
「お前の念能力が欲しい。オレは欲しいものは奪う――いつもそうしてきた。だが、お前がクモに入るなら別だ」
「止めておいた方がいい。あたし、サボるの得意だから」
 言うとは、クロロの手ではなくルージュを自分の口唇に塗ると二ィと笑った。クロロは何かを感じたのか、本を開いて能力を引き出そうとする。
 だが、時既に遅し。その真っ赤な口唇がこの部屋の支配者となった瞬間だった。
「‘フリーズ、クロロ=ルシルフル。が完璧に逃げるまでここにいろ’」
 言うや否や、はバッグを持って窓を破った。背後では、可笑しそうに笑うクロロがいる。
「くくく……なる程、それがその能力の本元か」

わたしの奴隷に成りなさい(ルージュ・ア・レーブル)
【具現化したルージュを自分の口唇に塗る事で目に見える範囲の人に命令できる】
※ルージュの色は必ず赤でなければならない
・名前を知らないと命令出来ない
・一人につき1日1回まで
・次に命令が出来るまで、その命令に応じて日数を要する
・命じた人のキャパシティを超える命令は出来ない


「…さようならクロロ=ルシルフル。出来ればもう会いたくない」
「殺らないのか? ……甘いな。もうないぞ、こんなチャンス」
「あたしを、あなたたち人殺し集団と一緒にしないで」
 ただ立ち尽くしているのにも関わらず、クロロの威圧は変わりない。両手を逆十字が施されているコートの懐中に突っ込み、余裕の表情だ。
 口許の笑みは大きく半円を描き、窓辺にいるを射る。その目線だけで命が取られそうだ。
「次に会ったら、もう一度チャンスをやる。能力だけか、お前ごと奪われるか、それを選ぶのはお前自身だ」
 言いたい事は分かるだろう――言葉の裏には、それも描かれていた。
 は、余裕綽々とバッグ2つを背負い直し、眉間に皺を寄せ、鼻で笑った。それから彼女にしては冷たい睥睨を飛ばす。
「あなたの思い通りになんてならない」
 ひゅん、と風に乗り、は宵の闇に消えた。部屋からは、くつくつとした嘲笑いが反響していた。


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(20160727)

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